宝くじで二億円当たったら何をしたいですか?
夢を思い描くことのプレッシャー
よく、『夢は強く思い描けば実現する』て言うやん?
まあ確かにそれは正しいんやけど、この言葉勘違いしてしもとるやつが多いねん。思い描けば実現するなんて言われると『夢を思い描かないといけない』て考えだすやつがおんねんな。
なんちゅうか、それって親や周囲の期待に応えようとして無理やり考えてるのと似てるわな。そうやって『夢を思い描かないとダメだ』いうふうに思う癖が身に付いてしもとるやつは、夢を想像することに逆にプレッシャー感じたりすんねん。
これはまさに僕のことです。セミナーなどで好きなこと夢を思い描けと言われても、なかなかこれだと言うものが出てこないのです。現実的な枠に縛られて想像が膨らまないのです。
夢は頭をひねって出すものではない
誰に言われるまでもなく、勝手に想像してワクワクしてまうようなんが夢やねん。
考えはじめたら楽しゅうて止まらんようになるんが夢やねん
子供の時を思い出してほしい。なりたい職業や、なりたいもののことを考えるとドンドンと時間が過ぎたのではないだろうか。
僕は中学生くらいの時に料理人になりたいと思っていた。普通に大学に通い就職してしまったが、今でも飲食に関わる仕事がしたいと思うし、料理が好きだ。行列店に並んだり遠くに食べに行くのも苦ではない。
『将来グローバルに活躍したい!』のような夢も素晴らしいと思うが、その夢は他人に見せるための夢になっていないだろうか?
世間的には立派な夢でなくても、自分が望むものならそれこそ夢と言って語るべきものではないだろうか。
宝くじが当たったら
本編では二億円の宝くじが当たった主人公が、どのように使っていこうか想像(妄想)している。文字通り『夢のような未来の想像をふくらませていた』と書かれている。
その内容はとても俗物的なものであり、社会的には立派なものでもない。それでもそれは主人公の本心であり叶えたいことなのだ。
軽い気持ちで書いたものだが、その中でも飲食店をやりたいと書いている。これがやりたいことの全てではないが、やはり制約を外して夢を考えることは有効なんだな実感した。
我思う故に我あり
なんだかんだ半年以上ブログを書いていると、昔の記事と今の記事がつながってたのしいですね。
ちなみに幼稚園の時なりたいものは「ピンクの豚」でした。なんでかはわかりません。今では体脂肪率一桁と昔の夢からは遠ざかってしまいました…
Posted from するぷろ for iOS.
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